くもり止めのメガネクリーナで泣いた話

拭き取るタイプのくもり止めのメガネクリーナ。皆さんはどんなものを思い浮かべるだろうか。

オレンジ色のパッケージのものを思い浮かべてほしい。使い切りタイプで小分け袋に入った、ドラッグストアなどで購入できるタイプのもの。

先日、思わぬところでそれを見かけてちょっと泣いた。そんな話です。

私はお芝居を観るのが好きです。大変な状況下ではありますが、あらゆる対策を行った上で少しずつ劇場が開き始めています。

かくいう私も先日、自粛明けの初観劇に行くことができました。チケットは前から3列目。1列目は感染予防対策のため潰しているとのことだったので、実質2列目。フェイスシールドをしなくて良い席の中では最前席。個人的には未だかつてない、とんでもねえ席です。

公演当日、おっかなびっくりで会場に向かった私は、お目当ての公演のポスターと会場スタッフさん達の姿を見つけた瞬間ちょっと泣きました。

あそこで演劇をやってる。演劇が見られる。本当か。

感動しながらも落ち着いて汗を拭き拭き、軽く扇子で顔や身体を仰ぐ。準備ができたところで入場。ドキドキしながら体温を測ってもらい手を消毒、チケットを見せて自分でもぎる。ここまできてやっと一安心。

いつもより人の少ないロビーをぷらっと歩き、ウロウロする理由もないので大人しくさっさと席に着く。近い。とても、近い。すごい。

視界に入った前の席のお姉さんをなんとはなしに見つめていると、フェイスシールドが入っているであろう袋を見つけた。自分もいつ使うことになるかわからないから、つけ方をチラッと拝見させていただこう。頭の片隅に入れておく。

目の前に組まれたセットをしげしげと見回したり、パンフレットをぼんやり眺めたりしているうちに開演時間が迫る。前の席の方々がゆるゆるとフェイスシールドの準備をし始める。

おでこの部分にはちょっとしたクッションがあるようだ。固定方法はゴムバンド式。調整はできなさそう。締めつけが苦手な方はつらいかもしれない。シールド部分についているフィルムを剥がす。これは知ってる、Twitterで見かけたやつだ。どうやらフィルムは片面だけのようだ。色々なタイプがあるのかもしれない。

なるほどなあ。と、ひとしきり観察を終えた私は、あまり凝視していても申し訳ないので目を離そうとした。が、フェイスシールドが入っていた袋からこぼれ出た品に目を奪われた。

オレンジ色のパッケージ。あれ、知ってる。

ド近眼の私は知っている。メガネのくもり止め用のウエットシート。

フェイスシールドをつけたら視界がくもるから嫌だ。せっかくの最前席なのに。言葉が脳裏でフラッシュバックした。

よくよく見ると、フェイスシールドが入った袋には注意事項や手順のようなものが書かれたちいさな紙が貼られている。作品の世界観に合わせたデザイン。マスキングテープで貼り付けられたちいさなメモ。

大きなフェイスシールドに対して、メガネクリーナはとても小さい。こんなに小さくて薄いものを、ひとつひとつ袋に入れてくれた人がいるのか。

そう思ったときにはもう目から一雫の涙が零れていた。

いやいやいや。まだ始まってませんが!?と自分で自分に突っ込んだ。びっくりした。(でもよく考えたら入場前の段階ですでに泣いてる)

座席を潰すために「座らないで」といった表示を貼る。ソーシャルディスタンスが保てるように足のマークを床に貼り付ける。毎公演全席消毒する。幕間には舞台上も消毒する。人が触ったところは入念に。もちろん換気もする。注意喚起したい観客に対しては、なるべく声を上げずにボードを掲げて伝える。規制退場の際には効率の良いルートを組んだ上で、順次アナウンスを入れる。

いち観客の目からは到底見えないような、通常の興行に追加された数多のタスク。マイナスを少しでもマシなマイナスに近づけるための努力。決してプラスには届かない行い。

途方もない、祈りに近い作業の気配。

言葉にすればするほど感覚からは遠のくような気がするけれど、記録として留めておきたいなと思ったので記しました。

今公演されている、もしくは休演している、お稽古されている、これから公演を予定されている作品達が、どうか少しでも多く公演され、無事に大千穐楽に辿り着けますように。そして、公演されなかった作品達が、またいつの日にか日の目を見れますように。

 

 

 

2020.8.8 noteに投稿